SAGA ANSHOZAN KOKUSO-JI

2026.11.01 台湾慰霊 閲覧数 0

台中法華寺 佐賀の尼僧・妙亨法尼

台中のお寺を開いたのは、なんと佐賀の尼僧さん

台中駅から車で5分、西区の居仁街に台中法華寺というお寺があります。6階建てのビルのお寺で、1階は台湾式、3階は日本式という面白い造りになっています。

このお寺を開いたのは、九州は佐賀から海を渡った1人の尼僧です。妙亨院日持法尼(みょうきょういん・にちじ)といいます。

居仁街の台中法華寺。1996年に建て替えられました(人間福報より)
居仁街の台中法華寺。1996年に建て替えられました(人間福報より)

佐賀から来た尼僧、妙亨法尼

台北の法華寺が何人もの布教師さんに支えられて育ったお寺なら、台中のほうは1人の尼僧から始まったお寺です。お寺に伝わる記録には「佐賀県の日蓮宗の比丘尼」とあります。なんと、私と同じ佐賀の人です。これを知ったときは本当に驚きました。

ことば

比丘尼(びくに) 出家して戒を受けた女性の僧侶。日蓮宗では「法尼(ほうに)」「尼(あま)」とも呼びます。

大正のはじめ頃、日本統治時代の台中は、駅を中心に碁盤の目の街が引かれたばかりでした。榮町(さかえまち)はその駅前の目抜き通りで、信受院(しんじゅいん)と名づけられたお堂はその一角にありました。

できたばかりの街に、尼さんが1人で庵を結んだわけです。どういう経緯だったのかは資料に出てきませんが、よほどの覚悟があったのだろうと思います。

妙亨尼は波乱万丈の人生を歩んで台湾にたどり着き、大正12年に台中で亡くなりました。お墓は日本にあります。

開山・妙亨日持尼の像の前でお経をあげる(2023年6月)
開山・妙亨日持尼の像の前でお経をあげさせていただきました

信受院の鬼子母神さま

信受院には大きな鬼子母神さまがお祭りされています。

鬼子母神はもとは子どもをさらって食べる鬼でした。お釈迦さまが末の子を隠して親の悲しみを教え、改心させたと伝わっています。法華経の中では十羅刹女という女神たちと一緒に「法華経を行ずる者を守る」と誓っていて、日蓮聖人はこの誓いを重く見て、ご本尊の曼荼羅の中にも鬼子母神を書き入れられました。子を奪う側から子を守る側へ回った神様ですから、安産と子育ての祈りには1番近い仏さまです。

信受院の鬼子母神像
信受院の鬼子母神さま。日本から海を渡ってきたお像です

戦後、台湾に引き継がれる

引き揚げのあと、お寺は在家の信者である劉祖基居士に託されて、「法華寺」と名前を改めて続きました。

日本人の財産はすべて接収された時代で、日本人のお墓を置くことも許されませんでした。そこで劉居士は、妙亨尼のお墓の石牌の名前を「南無地蔵王菩薩」に書き換えて、お墓をそのまま守ったのだそうです。名前を消すことで守ってくださったわけです。

 お寺の記録にはもう1つ忘れがたい話が載っています。1982年に志心法師が住職になって傷んだ寺を直し始めたとき、台中市仏教会理事長の聖印法師から「妙亨尼のお骨は寶覚寺の日本人墓地に移してはどうか」という提案があったそうです。ところが工事の最中に、突然日本人の一行がお寺を訪ねてきました。聞けば佐賀から来た妙亨尼の甥孫たち7人で、妙亨尼のお墓にお参りしたいとのこと。お墓と位牌を前に皆が涙を流したそうです。志心法師はこれに心を動かされて移転の話を取りやめ、お墓を整え直しました。妙亨尼が霊となって現れ、急いで台湾へ行けと甥孫たちを急かしたのだ、と寺史には書かれています。佐賀の人が、佐賀の尼さんのお墓参りに来ていた。40年以上前の話です。

開山から現在までの住職の写真が並ぶ部屋(2023年6月)
開山から現在までの住職の写真が並ぶ部屋

3階の信受院

3階のお堂は「信受院」といって、元の院号を残しています。中央に「南無妙法蓮華経」の塔、左右に釈迦・多宝の二仏と四菩薩、その下に日蓮聖人。左に開山妙亨日持尼の彩色銅像、右に100年前の鬼子母神。仏さまを納める龕(がん)の周りには蓮の花と菊の花が彫られていて、蓮は中国仏教、菊は日蓮宗を表しているとのことでした。

台中法華寺でお経をあげる(2023年6月)

台中で参拝したい、寶覚寺の日本人墓地

法華寺から車で10分ほど、北区の寶覚禅寺(ほうかくぜんじ)にもぜひ寄ってください。

大きな布袋さまの像で知られるお寺ですが、境内の奥に日本人墓地があります。戦後、台中周辺の日本人墓地が整理されたときに遺骨を集めたもので、1万を超える日本人の遺骨が納められているといいます。境内の「英霊鎮魂碑」は、日本兵として亡くなった台湾出身者およそ3万3,000名を慰霊するものです。

おそらく台湾全土で一番多くの遺骨を安置している場所です。

寶覚寺の英霊鎮魂碑。東郷神社宮司の筆です(2023年6月)
寶覚寺の英霊鎮魂碑。東郷神社宮司の筆です
寶覚寺の日本人墓地で(2023年6月)
寶覚寺の日本人墓地

アクセス

アクセス

寺名 台中法華寺

住所 台中市西區居仁街2號(旧・榮町2丁目)

寶覚寺 台中市北區健行路140號。法華寺から車で10分

参考

臺中市西區區公所「法華寺」/闞正宗『台灣佛寺導遊(五)中部地區(上)』(菩提長青出版社、1993年)所収の台中法華寺沿革/人間福報「千家寺院 台中法華寺 關懷幼老辦學弘道」/岡田真美子「臺北法華寺と岡田日惺(榮源)」(2013年)/『水の行者』「九、沖縄・台湾修法布教」/維基百科「法華寺(台中市)」

台湾に残る日蓮宗ゆかりの4ヶ所をまとめた記事「台湾に残る法華の足跡をたどる。台北・台中・高雄・鵝鑾鼻。」もあわせてどうぞ。

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